Prom Town Story

おなかグーグース背景世界の物語

「プロムタウンへようこそ」

-1-

むかしむかしあるところに、ひとりの【気まぐれ音楽家】が暮らしていました。

彼は、その気まぐれさゆえに他の音楽家たちと馴染むことができず、渋い表情をしたまま電車に乗り込み、故郷の田舎町へ帰ろうとしていました。

ゆらりゆらりと線路を走る電車と同じくらい、力の抜けた手足をぶらぶらさせながら、気まぐれ音楽家は窓の外でぼんやりと広がる夕空を見上げました。

 

そこには、白いイルカが泳いでいました。

 

「不思議なものを見ちゃったな…」と、気まぐれ音楽家は少しうつむきましたが、ふと、擦り傷だらけの机の上に五線譜を広げ始めました。

新しい曲が浮かんできたのです。

いくつかのアイデアを書き終え、だんだん夕日が沈み始めた頃、また窓の外を見上げてみると、今度は白いイルカと一緒にシーラカンスも泳いでいました。

さっきから心のどこかでピンときていた気まぐれ音楽家は、急いで途中の停車駅で降りて、白いイルカとシーラカンスが泳いでいる方角を目指して、ひたすら歩いて行きました。

 

-2-


やがて、気まぐれ音楽家はオレンジ色の海が広がる小さな港に立っていました。すぐ足元には、目の前の海と同じような色をした【古いラジオ】が置いてありました。見たことのないデザインが何となく気に入ったので、気まぐれ音楽家はラジオを拾い上げて腕に抱え、周りを見渡してみたり、海辺を歩いてみたりしました。

 

夕空を泳いでいた白いイルカもシーラカンスも一体どこへ行ってしまったのかなぁ…と思いながら砂浜を散策していると、向こうの方に不思議な姿をした三人の子供たちがいました。気まぐれ音楽家と目が合った子供たちは「あー!」と声を揃えて叫びながら、駆け寄って来ました。

 

「その古いラジオ、さっき僕たちが見つけたんですけど、もしかしてあなたの落とし物ですか?」

「いや、違う違う。今そこで拾ったばっかりだよ。これは、君たちに返したらいい?」

 

気まぐれ音楽家は、ウサギのような白いしっぽが生えている子供にオレンジ色のラジオを渡しました。

 

そこで初めて、彼は状況を呑み込もうとしました。隣にはそれぞれ、のっぽなカエルのような子供と、今にも泣き出しそうな顔をしているクジラのような子供。質問が止まらない三人の子供たちに対して、しばらく適当な受け答えをしながら考えていた気まぐれ音楽家でしたが、ここまでの出来事を完全に理解できる頭脳など、初めから持ち合わせてはいませんでした。

 

気まぐれ音楽家は、だんだん目眩がしてきて…、その場で気を失ってしまいました。

 

-3-

「ハレー先生、ハレー先生!あの人は、元気になった?」

「クインシー、静かにしてあげなさい。もう大丈夫だから、みんなと日向ぼっこの続きに行ってきたらいい」

「はーい」

そんなやりとりを聞きながら、気まぐれ音楽家は4回ほど続けて、まばたきをしました。ふかふかのソファの上からゆっくりと体を起こすと、ぼやけた視界には白黒模様の壁紙と水色のピアノがありました。ピアノの傍の椅子にはマレーバクが座っています。

 

「あぁ、目が覚めたんだね。コーヒーでも飲むかい?」

「えーと、すみません、ハレー先生?ですか?ここはどこなんでしょうか?日本だと思いたいのですが…」

 

気まぐれ音楽家は、たくさんのノートを詰め込んで分厚くなっているカバンから携帯電話を引っ張り出して、日本地図を表示させました。しかし、いつも現在地を示していたあのマークは、何故かどこにも見当たりませんでした。【ハレー先生】という名前のマレーバクは、画面に映る日本地図の真ん中から少し左下の辺りをぐるぐると指差して「この辺りかなぁ」と、さっきよりも明らかに小さな声で答えました。気まぐれ音楽家は、ソファから滑り落ちました。

 

「あぁ、あぁ。気を確かに。とりあえず、君の名前は何というんだい?」

ハレー先生は優しく目を瞑って聞きました。

「僕は、気まぐれ音楽家の…」

 

―――おや?なんだっけ?なぜか思い出せない。自分で名乗っている肩書きみたいなものは、ちゃんと言葉で出てくるんだけど。どこかに名前を記していなかったっけ。だめだ。このままだと訳の分からない人たちの手で、もっと訳の分からない病院へ連れて行かれるかもしれない。…いや、むしろ今は自分のほうが訳の分からない人だと思われているに違いない。大変だ。どうしよう―――

 

気まぐれ音楽家は色々なことが心配になってきて、ひどく困惑しながら座っている椅子を勢いよく窓の方向へ回しました。ちょうど窓からは、裏庭で寝転ぶ三人の子供たちが見えました。気まぐれ音楽家は、おなかを出したまま日向ぼっこをしている子供たちを指差して、とっさに、大きな声で質問に答えてしまいました。

 

「おおなか、ヒナタです!」

 
 
(つづく)
 
 
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